五代友厚 オールダム(2)
Godai Tomoatsu, Oldham (2)

鹿児島紡績所
鹿児島紡績所 The Kagoshima Spinning Mill(双日歴史館)

鹿児島紡績所(The Kagoshima Spinning Mill)立ち上げのため、機械と同船したジョン・テトロー(John Tetlow)のほか、司長としてエドワード・ホーム(Edward Holme)、技師としてシリングフォールド(Shillingford)、サトクリフ(Sutcliffe)、ハリソン(Harison)ら5名が鹿児島に相次いで到着した。任務はそれぞれ、汽缶部1名、混打綿部1名、梳綿1名、粗紡1名、堅針1名、斜針1名と監督であった。

これら少なくとも7名のイギリス人のため、薩摩藩は鹿児島紡績所の一角に白いペンキ塗り二階建の立派な洋館を建設し、相当の給与を支払い、十分優遇につとめたが、技師たちは雇用契約期間の2〜3年を待たずに帰国したという。薩摩藩職工の習得が早かったこともあるが、イギリス人技師たちが幕末の動乱に不安を感じたことも一因のようである。

エドワード・ホームは、五代らの渡欧に随伴していたライル・ホーム(Ryle Holme)の伯父(兄ともいう)で、その関係もあって司長として選ばれたのかもしれない。彼は紡績所を離任してすぐ、グラバー商会(Glover & Co.)で働いていたフレデリック・リンガー(Frederick Ringer)とともにホーム・リンガー商会(Holme, Ringer & Co.)を長崎に設立した。

鹿児島紡績所は、結果として経営的には一貫して振るわなかったが、紡績所の祖となり、多くの雇用を創出した。また、明治時代になるとその経験をいかして大阪の堺に分工場を設け、大阪綿業の基礎をつくった。五代は堺紡績所の設立にも大いに関わっている。

Edward Holme, the leader and the other six engineers were dispatched to Japan by Platt Bros. & Co., in order to establish the Spinning Mill in Kagoshima.  They set the machines in motion which Godai and Niiro ordered in Britain .

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五代友厚 オールダム(1)
Godai Tomoatsu, Oldham (1)

プラット・ブラザース社の紡績機械
プラット・ブラザーズ社の紡績機械カタログ Spinning Machinery Catalogue, Platt Bros. & Co. (The Illustrated London News, 9 August 1862)

五代友厚らが薩摩藩のために購入した紡績機械は、イギリスのプラット・ブラザーズ社(Platt Bros. & Co.)製のものである。プラット・ブラザーズ社は世界最大手の繊維機械製造会社で、マンチェスター(Manchester)近郊の町オールダム(Oldham)に工場があった。五代らは慶応元年(新暦1865年)夏に初めてマンチェスターを訪れ、約3ヶ月後に再びマンチェスターに出向き、慶応元年11月23日(新暦1866年1月9日)に購入契約を交している。

購入した機械一式には、プラット・ブラザーズ社製品のほか、べリスフォード・エンジニアリング社(Berrisford Engineering Co.)の織機(looms)やレン&ホプキンス社(Wren & Hopkins)の軸系(shafting)も含まれていた。契約自体は、マンチェスターのエド・ブラザーズ社(Messrs. Ede Brothers & Co.)を通して行ったようである。

誂え品で生産に数カ月を要したため、薩摩藩の紡績機械をのせたレディー・アリス号(Lady Alice)が出帆したのは慶応2年5月27日(新暦1866年7月9日)であった。船は喜望峰を回り、イギリスを出て約半年後の慶応2年12月16日(新暦1867年1月12日)に長崎に到着した。レディー・アリス号にはプラット・ブラザーズ社の技師ジョン・テトロー(John Tetlow)も同船し、その後鹿児島で機械の据付と立ち上げに携わった。日本初の洋式紡績所の誕生である。

Godai Tomoatsu and Niiro Hisanobu purchased spinning machinery for Satsuma during their staying in Britain. The machinery manufactured by Platt Bros. & Co. of Oldham arrived in Japan in January 1867.

<参考文献>
絹川太一『本邦綿絲紡績史第一巻』1937年
日本経営史研究所編『五代友厚伝記資料 第四巻』 1974年
長谷川雅康「薩摩のものづくり研究 薩摩藩集成館事業における反射炉・建築・水車動力・工作機械・紡績技術の総合的研究 – 平成14年度-平成15年度科学研究費補助金(特定領域研究(2))研究成果報告書」2004-03

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五代友厚 マンチェスター(足跡篇)
Godai Tomoatsu, Manchester (Footprints)

五代友厚がイギリス国内視察中に滞在したマンチェスターを歩きました。ロンドンのユーストン駅(Euston Station)からマンチェスター・ピカデリー駅まで列車で2時間余り、当時の列車でも4時間ほどだったようです。

I walked around Manchester to see the places Godai Tomoatsu may have visited.

マンチェスターで古くからあるホテルとしては、パレス・ホテル(The Palace Hotel)、 現在のプリンシパル・マンチェスター(The Principal Manchester)が有名ですが、この建物は1895年に建てられたものです。

プリンシパル・ホテル
プリンシパル・ホテル(元パレス・ホテル) The Principal Hotel (ex The Palace Hotel)

ほかにもブリタニア・マンチェスター・ホテル(Britannia Manchester Hotel)、アボード・マンチェスター(ABode Manchester)、ラディソン・ブルー・エドワーディアン・マンチェスター・ホテル(Radisson Blu Edwardian Manchester Hotel)、マンチェスター・マリオット・ビクトリア&アルバート・ホテル(Manchester Marriott Victoria & Albert Hotel)などが19世紀の建築としてあげられますが、これらの建物は五代らが訪れた1865年にはまだ存在していないか別の用途で使われていました。

ミッドランド・ホテル・マンチェスター(Midland Hotel, Manchester)はもとよりホテルでしたが、完成したのは20世紀初め。つまり、1865年当時のホテルで現在まで残っているものは見つかりませんでした。

ミッドランド・ホテル・マンチェスター
ミッドランド・ホテル・マンチェスター The Midland Hotel, Manchester

今のマンチェスター市庁舎(Manchester Town Hall)は、ロンドンのセント・パンクラス駅(St. Pancras Station)などと同じネオ・ゴシック様式の建物で、1868年から1877年にかけて建設されたものです。先代の市庁舎はキング・ストリート53番地(53 King Street)にありましたが、建物自体はもう残っていません。

マンチェスター市庁舎 東側
マンチェスター市庁舎 東側 The Manchester Town Hall, East side

キング・ストリートのすぐ北にある聖アン教会(St. Ann’s Church)は、18世紀初めよりこの地にありました。

聖アン教会
聖アン教会 St. Ann’s Church

聖アン教会から北向きにロイヤル・エクスチェンジ・シアター(The Royal Exchange Theatre)、元王立取引所(The Royal Exchange)の建物が見えます。現在は劇場やレストラン、店舗などとして使われています。現在建っているのは3代目で、1865年当時同じ場所にあった2代目は、円柱をアクセントに丸みを帯びた形をしていました。円形の部分が大阪取引所の外観に少し似ています。

ロイヤル・エクスチェンジ・シアター北西
ロイヤル・エクスチェンジ・シアター北西 The Royal Exchange Theatre, North-West
ロイヤル・エクスチェンジ・シアター
ロイヤル・エクスチェンジ・シアター The Royal Exchange Theatre

さらに北に進むと、ショッピングモールの向かいにりっぱな穀物取引所(The Corn Exchange)の建物があります。今はレストランとして使われています。

マンチェスター穀物取引所
マンチェスター穀物取引所 The Corn Exchange, Manchester

穀物取引所のすぐ北側が、1844年に開業したマンチェスター・ビクトリア駅(Manchester Victoria Station)です。一見昔のままですが、中に入るとトラム駅の部分は真新しくたいへん斬新なつくりになっています。

マンチェスター・ビクトリア駅
マンチェスター・ビクトリア駅 Manchester Victoria Station
マンチェスター・ビクトリア駅構内の列車路線図
ビクトリア駅構内の列車路線図 Railway Map at the Manchester Victoria Station

大マンチェスター商業会議所(Greater Manchester Chamber of Commerce)は、ディーンズゲート(Deansgate)とジャクソンズ・ロウ(Jackson’s Row)が交差したところにあるエリオット・ハウス(Elliot House)に入っています。1878年の建築でこれまでは教育委員会や登記所などが使っていたようです。商業会議所の場所は転々としていますが、ここに移転したのは2014年の冬とのことです。

エリオット・ハウス
大マンチェスター商業会議所が入るエリオット・ハウス Greater Manchester Chamber of Commerce in Elliot House

大マンチェスター商業会議所マンチェスターのメインロードとも言えるディーンズゲートにウォーターストーンズ(Waterstones)という大きな本屋さんがあります。マンチェスター関係の本がよくそろっていて、カフェも併設されています。落ち着いた雰囲気でゆっくりくつろぐことのできる場所です。また、マンチェスター市内はメトロシャトル(Metroshuttle)という無料バスが走っていて、移動にたいへん便利です。

<住所>
プリンシパル・マンチェスター・ホテル(The Principal Manchester Hotel):Oxford St, Manchester M60 7HA
ミッドランド・ホテル(The Midland Hotel):16 Peter St, Manchester M60 2DS
マンチェスター市庁舎(Manchester Town Hall):Albert Square, Manchester M60 2LA
聖アン教会(St. Ann’s Church):St Ann St, Manchester M2 7LF
王立取引所、現ロイヤル・エクスチェンジ・シアター(The Royal Exchange Theatre, Manchester):St Ann’s Square, Manchester, M2 7DH
穀物取引所(The Corn Exchange):Exchange St, Manchester M4 3TR
マンチェスター・ビクトリア駅(Manchester Victoria Station):Victoria Station Approach, Manchester M3 1WY
大マンチェスター商業会議所(Greater Manchester Chamber of Commerce):Elliot House, 151 Deansgate, Manchester M3 3WD

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