五代友厚 ロンドン滞在(1)
Godai Tomoatsu, Staying in London (1)

五代友厚らが宿泊していたサウス・ケンジントン付近の地図
サウス・ケンジントン付近 South Kensington(Map Of London 1868, Edward Weller, by MAPCO)

慶応元年5月28日(新暦1865年6月21日)、五代友厚と薩摩藩留学生は列車でロンドンに到着した。駅でトーマス・グラバー(Thomas Glover)の兄、ジム・グラバー(Jim Glover)が一行を出迎えた。留学生の一人である松村淳蔵の日記によれば、サウサンプトン上陸後、日本から同行していたグラバー商会のライル・ホーム(Ryle Holme)とジム・グラバーが電報のやり取りをし、彼らの到着時間を前もって知らせていたとのことである。留学生たちはわずか30分のあいだに電文が2往復したことを非常に驚いている。

当時の旅行ガイドブックBradshaw’s Hand Bookには、町ごとに電信局の有無が書かれている。電信局のない町は、何マイル先のどこに行けばあるかまで書かれている。交通が発達し人々の移動範囲が広がる中、電信がすでに重要な連絡手段のひとつとなっていたことがうかがえる。

馬車で30分ほど揺られて着いた宿は、サウス・ケンジントン・ホテル(South Kensington Hotel)であった。松村淳蔵はその日記に「甚美麗なる處にて、吾部屋は七階目の七十二番の部屋にて、右番付を見て漸く我部屋を尋出し候」と記し、宿賃は日に1ポンド、日本の二両一分に当たるとしている。ケンジントン地区は田園風景の残るロンドンの西のはずれといったところであったが、1851年にここで万国博覧会が開催されて以来、急速に都市化が進んでいた。

When Godai Tomoatasu and the Satsuma students arrived at the station in London, Jim Glover was waiting for them. Ryle Holm who accompanied the students on their voyage from Japan had sent a telegraph to Jim Glover from Southampton to inform their time of arrival.

<参考文献>
犬塚孝明 『薩摩藩英国留学生』 1974年
Andrew Cobbing, “The Satsuma Students in Britain: Japan’s Early Search for the ‘Essence of the West’”, 2000
George Bradshaw, “Bradshaw’s Hand Book”, 2012 (Old House Books, Facsimile Edition)
The Royal Borough of Kensington and Chelsea (https://www.rbkc.gov.uk)

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五代友厚 欧州へ(足跡篇)
Godai Tomoatsu, To Europe (Footprints)

長い船旅の末イギリスに到着した五代友厚と留学生たちが最初に足を踏み入れた地、サウサンプトンを歩いてきました。

After the long voyage from Japan, Godai Tomoatsu and the other Satsuma students finally set foot on British soil.  I went Southampton, the city where they first arrived.

ロンドンのウォータールー駅(Waterloo Station)からサウサンプトン中央駅(Southampton Central Station)まで列車で約1時間半です。National Railwayのサイトから前もってチケットを購入できます。ウォータールー駅は1848年に開業しましたが、乗客の増加や増改築による構造の複雑さに耐えきれなくなり、1922年に現在の駅舎に建てかえられました。非常に重厚な建物です。

ウォータールー駅
ウォータールー駅 Waterloo Station

サウサンプトン中央駅に到着。
なんとなく船を意識したデザインでしょうか。駅から港までは歩くと30分ぐらいかかります。1966年まではもっと海寄りに駅がありました。

サウサンプトン中央駅
サウサンプトン中央駅 Southampton Central Station

町でもっともにぎやかな通りであるハイ・ストリート(Hight Street)の手前にバーゲート(Bargete)という石造りの門があります。中世から栄えたこの町は石壁に囲まれていて、町に入るためにいくつかの門が設けられていますが、バーゲートはその正面玄関ともいうべき入り口です。

バーゲート
バーゲート The Bargate

周囲の石壁も多く残っています。

サウサンプトンの石壁
サウサンプトンの石壁 Town Walls, Southampton

サウサンプトンの町は港に向かって坂道になっています。ハイ・ストリートをまっすぐ海の方へ向かう途中、作家ジェーン・オースティンも利用したというドルフィン・ホテル(Dolphin Hotel)がありました。出窓のあるこの建物は18世紀に建てられたそうです。もちろん現在も宿泊できます。

ドルフィン・ホテル
ドルフィン・ホテル Dolphin Hotel

ドルフィン・ホテルの斜向いにある砂色がかった建物は1833年設立とあるので、五代友厚はじめ日本人が幕末・明治にヨーロッパを訪れたときにはすでにここにあったことでしょう。

ハイ・ストリートの建物
ハイ・ストリートの建物 A Building at High Street, Southampton

サウサンプトンはクイーン・エリザベス号の母港として有名です。タイタニック号もここから出航しました。沈没時の遺品などがこの町の海事歴史博物館にたくさん残されています。

サウサンプトン港
サウサンプトン港 Port of Southampton

サウサンプトン港からシールドホール号(S.S. Shieldhall)という蒸気船に乗りました。夏の間だけ月に一度ぐらいの割合で出航しています。すべてボランティアで動かしているそうです。私が乗った日は船上でジャズライブの演奏があり、乗客も100人をこえていました。比較的高齢の方が多いですが、蒸気船マニアらしき若者もいます。

シールドホール号の甲板
シールドホール号の甲板 Deck of Shieldhall
シールドホールのプレート
蒸気船シールドホール号

エンジンルームやボイラールーム、離着岸作業も見ることができてかなりエキサイトしました!

シールドホールのエンジンルーム
蒸気船シールドホールのエンジンルーム Engine Room of the Steamship Shieldhall
シールドホールのボイラールーム
蒸気船シールドホールのエンジンルーム Boiler Room of the Steamship Shieldhall
サウサンプトン港岸壁
サウサンプトン港岸壁 A Berth at the Port of Southampton

サウサンプトン港は現在も大型客船が数多く寄港していて、この日はP&O社のアズーラ号(Azura)とすれ違いました。まるで動く巨大マンション。

P&O社のアズーラ号
P&O社のアズーラ号 Azura, P&O

午後3時から6時まで3時間のクルーズで30ポンド足らず、天気もよく大満足でした。このシールドホール号は1954年の建造だそうです。1865年にイギリスに渡った五代友厚の時代よりだいぶ新しい船ですが、蒸気船で海路サウサンプトンに近づく雰囲気を十分味わえると思います。

蒸気船シールドホール号
蒸気船シールドホール号 Steamship Shieldhall

<住所>
バーゲート(Bargete):High St, Southampton SO14 2DJ
ドルフィン・ホテル(Dolphin Hotel):34-35 High St, Southampton SO14 2HN
シールドホール号(S.S. Shieldhall):110 Berth, Southampton SO15 0HH
海事博物館(SeaCity Museum):Havelock Rd, Southampton SO14 7FY

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五代友厚 欧州へ(2)
Godai Tomoatsu, To Europe (2)

五代友厚らが辿った日本からイギリスまでの航路
五代らの辿った航路 The sea route from Japan to Britain

まだスエズ運河が完成していなかった時代、スエズからは陸路でアレクサンドリアを目指した。窓外にピラミッドや駱駝の群れを見ながらおよそ12時間の汽車の旅を終え、アレクサンドリアからデルヒ(Delhi)という処女航海を前年に果たしたばかりの客船に乗り込み、マルタ島、スペインのジブラルタルを経て、ついに慶応元年5月28日(新暦1865年6月21日)明け方の午前4時にイギリスのサウサンプトンに到着した。2ヶ月以上の船旅の後、無事目的の地に降り立つときの彼らの安堵と心の震えはいかばかりであったろう。

イギリスの南海岸のほぼ中央にあるサウサンプトンは、当時同じ港町のリバプールの繁栄には遠く及ばなかったものの、港埠頭としては理想的な地理的環境にあり、またロンドンにもほど近く、1840年に鉄道が開通してからは入港する船が世界中から後を絶たなかったという。20世紀に入ってからのことだが、タイタニック号もこの港から出航した。

五代らはサウサンプトンのホテルで休憩をとり、夕方5時半にロンドン・アンド・サウス・ウェスタン鉄道(The London and South Western Railway)の運行するロンドン行きの汽車に乗った。ロンドンまで約120キロの距離を2時間半で走ったという。当時の感覚でいえば非常に早い到着と思われたのではないか。ロンドンの終着駅はウォータールー駅(Waterloo Station)である。

トーマス・グラバーの兄が迎えにきており、馬車でロンドンの西にあるケンジントンのホテルに向かった。6月21日といえばちょうど夏至のころであるから、緯度の高いロンドンでは、午後8時過ぎに到着したとはいえまだ空も明るかったであろう。

After two-month voyage, Godai Tomoatsu and the other Satsuma Students arrived in Southampton, England on 21st June 1965. They got on a train for London on the same day. At the station, Thomas Glover’s brother was waiting for them to arrive.

<参考文献>
宮本又次 『五代友厚伝』 1980年
犬塚孝明 『薩摩藩英国留学生』 1974年
Andrew Cobbing, “The Satsuma Students in Britain: Japan’s Early Search for the ‘Essence of the West’”, 2000
Miles Taylor, “Southampton: Gateway to the British Empire”, 2007

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