五代友厚 マクルズフィールド(足跡篇)
Godai Tomoatsu, Macclesfield (Footprints)

五代友厚らが絹工場の視察に訪れたイギリス北西部の町マクルズフィールド(Macclesfield)を歩きました。

I went to Macclesfield, the town of North West England.  Godai Tomoatsu visited this town for an inspection tour of Brocklehurst’s silk mills.

マンチェスター・ピカデリー駅(Manchester Piccadilly Station)から列車で約20分、途中ストックポート駅(Stockport Station)にしか停車しないので、マクルズフィールド駅まであっという間の旅です。バスならオルダリー・エッジ(Alderley Edge)経由で1時間15分ほど。時間はかかりますが、途中美しい景色も見られるのでのんびりバスの旅も悪くありません。

マクルズフィールド駅
マクルズフィールド駅 Macclesfield Station

まず、五代友厚らが見学したブロックルハースト家(Brocklehurst Family)の工場があったハーズフィールド(Hurdsfield)地区を目指します。ハーズフィールドはマクルズフィールド駅のちょうど東側なので、線路をくぐり、ボリン川(River Bollin)を渡ります。川の流れに木々の緑がたいへん美しく映えています。

ボリン川
ボリン川 River Bollin

右手にアリギ・ビアンチ(Arighi Bianchi)という大きな家具店が見えます。イタリアのコモ(Como)から来たアリギさんとビアンチさんが1854年に始めた店で、現在の場所に移ったのは1892年だそうです。絹といえばイタリア、特にコモはつとに有名でしたので、同じく絹産業が栄えつつあったマクルズフィールドと何らかの縁があって移住したのでしょう。この建物は絹糸紡績の工場を転用したものです。

アリギ・ビアンチ家具店
アリギ・ビアンチ家具店 Arighi Bianchi Furniture Shop

ハーズフィールド・ロード(Hurdsfield Road)に着いてすぐ、オールド・ゲートハウス(The Old Gatehouse)と書かれた建物がありました。ジョン・ブロックルハースト(John Brocklehurst)が住んでいたハーズフィールド・ハウス(Hurdsfield House)の入口にあたる場所かと思います。オールド・ゲートハウス

ハーズフィールドの旧門衛詰所
ハーズフィールドの旧門衛詰所 The Old Gatehouse, Hurdsfield

ハーズフィールド・ハウスの敷地だった場所は、現在たくさんの家が建ち並ぶ住宅街になっていました。ブロックルハースト・アベニュー(Brocklehurst Avenu)という通りの名前が昔の名残をとどめているだけです。

ブロックルハースト・アベニューブロックルハースト・アベニューブロックルハースト・アベニューブロックルハースト・アベニュー

 

ハーズフィールド・ロードの南側にあるビクトリア・パーク(Victoria Park)はもともとブロックルハース家の敷地だったところで、アルバート・ミルズ(Albert Mills)という工場や、ジョンの弟トーマス・ブロックルハースト(Thomas Brocklehurst)の邸宅であるフェンス・ハウス(Fence House)がありました。

次に、駅の西側にある町の方へ向かいます。小高い場所に位置しているので、町の中心にある聖マイケル教会(St. Michael’s Church)が少し顔を出しているのが見えます。

マクルズフィールド
駅から見たマクルズフィールド Macclesfield viewed from the Station

聖マイケル教会は、13世紀からすでにこの地にあったといいます。教会の隣りがマクルズフィールドの市役所(Macclesfield Town Hall)です。1824年に建てられたので、五代友厚らが訪れた1865年にはすでにありました。

聖マイケル教会
聖マイケル教会 St. Michael Church
マクルズフィールド市庁舎
マクルズフィールド市庁舎 Macclesfield Town Hall

市役所から南に15分ほど歩いたところに、オールド・サンデー・スクール・ヘリテージ・センター(The Old Sunday School Heritage Centre)という古い煉瓦づくりの建物があります。昔の日曜学校を博物館にしたものです。当時の学校の様子や、絹産業で栄えていたころの町の様子が丁寧に説明してあります。

絹糸紡績所の模型
絹糸紡績所の模型 The model of an old silk mill

さらに南に5分ほどの場所に、シルク博物館(The Silk Museum)と昔の絹工場を保存・展示しているパラダイス・ミル(Paradise Mill)があります。

シルク博物館
シルク博物館 The Silk Museum
パラダイス・ミル
パラダイス・ミル Paradise Mill

パラダイス・ミルは一日一回のツアーでしか入れないということで、時間があわず見学できませんでしたが、隣りのシルク博物館だけでもかなり見応えがありました。

町と絹との切っても切り離せない関係、その中でのブロックルハースト家の役割などもわかります。

シルク博物館の展示
シルク博物館で展示されている機械 The machine on display at the Silk Museum
ブロックルハースト社ネームプレート
ブロックルハースト社ネームプレート J&T Brocklehurst & Sons Nameplate
ブロックルハースト家の系図
ブロックルハースト家の系図 Genealogy of Brocklehursts

マクルズフィールドは、マンチェスターの郊外というより、独立したひとつの町として確かな存在感があります。たいへん素敵な町で、いつかまたきっと訪ねてみたいと思いました。

マクルズフィールド案内板
マクルズフィールド案内板 Maclesfield Guide Map

<住所>
アリギ・ビアンチ(Arighi Bianchi):The Silk Rd, Macclesfield SK10 1LH
ハーズフィールド・ハウス(Hurdsfield House):25 Brocklehurst Avenue, Macclesfield, Cheshire East SK10 2RX ※現在は一般の住宅で、中には入れません。
聖マイケル教会(St. Michael’s Church):Market Pl, Macclesfield SK10 1HG
マクルズフィールド市庁舎(Macclesfield Town Hall):Town Hall, Macclesfield SK10 1EA
オールド・サンデー・スクール・ヘリテージ・センター(TheOld Sunday School Heritage Centre):Roe St, Macclesfield SK11 6UT
マクルズフィールド・シルク博物館&パラダイス・ミル(Macclesfield Silk Museum & Paradise Mill):Park Lane, Macclesfield SK11 6TJ

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五代友厚 マクルズフィールド(2)
Godai Tomoatsu, Macclesfield (2)

ブロックルハーストの絹工場
ブロックルハーストの絹工場 Brocklehurst’s Silk Mills

五代友厚らがマクルズフィールド(Macclesfield)にあるジェイ・アンド・ティー・ブロックルハースト・アンド・サンズ(J. and T. Brocklehurst and Sons)の工場を訪れたのは1865年であったが、当時マクルズフィールドの絹産業は、実のところさまざまな要因により不況に陥っていた。ブロックルハースト家はその中でなんとか持ちこたえたものの、生活が成り立たなくなった多くの市民がアメリカやオーストラリアへ移住する道を選んだという。

マクルズフィールドでは、絹産業と関連しつつ教育機関が発達した。工場で働く子どもたちのため、仕事が唯一休みの日曜日に通えるよう日曜学校(Sunday School)がつくられた。ときに2千人以上の子どもが学んでいた。また、1852年には絹織物の発展に不可欠であるとしてデザイン学校(School of Design)が創設された。多分に慈善的な意味合いをもつ実業学校(Industrial School)も建てられ、これらの学校の設立と維持にブロックルハースト家は資金援助を惜しまなかった。

ロンドン&チャイナ・テレグラフ紙(The London & China Telegraph)によると、五代らは見学を終え、工場所有者たちの丁寧な案内に感謝の意を表したとある。所有者とはジョンとトーマス・ブロックルハーストのことかもしれないし、二人はその頃すでに70代後半であったから、もしかすると後継者たる別の誰かが対応したのかもしれない。出発前、五代らはオルダリー・エッジ(Alderley Edge)にある銅山の見学に招待された。後日訪れることを承諾し、マンチェスター(Manchester)への帰途についた。

Godai Tomoatsu, Niiro Hisanobu and Hori Takayuki examined Brocklehurst’s silk mills with great attention.  Before leaving for Manchester, they were invited to another inspection tour to the copper mines of Alderley Edge.

<参考文献>
Ed. Clarice Stella Davies, “A History of Macclesfield”, 1961
George Longden, “Life and Labour in Victorian Macclesfield”, 1986
The London & China Telegraph, 28 August 1865

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五代友厚 マクルズフィールド(1)
Godai Tomoatsu, Macclesfield (1)

ハーズフィールド付近の地図
ハーズフィールド付近の地図 The Map of the Vicinity of Hurdsfield

五代友厚らがマクルズフィールド(Macclesfield)を視察に訪れた様子が、1865年8月28日のロンドン&チャイナ・テレグラフ紙(The London & China Telegraph, 28 August 1865)で報じられている。五代らが訪れたのは1865年8月19日(慶応元年6月28日)で、神奈川のポルトガル領事でもあったイギリス人、エドワード・クラーク(Edward Clarke)が同行し、ブロックルハースト(Brocklehurst)家の絹工場を熱心に見学したとある。

マクルズフィールドは、マンチェスター(Manchester)から南へ約30キロ、絹業で栄えた町で、特に絹糸でくるんだ美しいボタンが有名であった。ブロックルハースト家は、絹糸紡績・絹織物業で富を築くとともに、何代にも渡ってマクルズフィールドの市長をつとめるなど、絹産業とマクルズフィールド双方に重要な役割を果たしてきた。

19世紀の初めにジョン・ブロックルハースト(John Brocklehurst)とその弟トーマス・ブロックルハースト(Thomas Brocklehurst)が製糸のみならず織布の生産を始めたことで、ブロックルハースト家の事業はいよいよ拡大し、マクルズフィールド東側のハーズフィールド(Hurdsfiled)地区にアルバート・ミルズ(Albert Mills)等の工場と邸宅を構えた。兄弟の邸宅はそれぞれハーズフィールド・ハウス(Hurdsfield House)、フェンス・ハウス(Fence House)と呼ばれていた。

The London & China Telegraph, 28 August 1865 reports that the three senior members of the party of Japanese from Satsuma visited the extensive silk-spinning and manufacturing establishment of Messrs. J. and T. Brocklehurst and Sons, of Macclesfield on 19 August.

<参考文献>
Ed. Clarice Stella Davies, “A History of Macclesfield”, 1961
The London & China Telegraph, 28 August 1865

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